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2017年 02月 01日

2/1(水) 五目寿司弁当

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・五目寿司(海苔、錦糸卵、酢れんこん、しいたけ煮、ブロッコリー、紅生姜、とまと)
・かぼちゃとインゲンの天ぷら
・小松菜の野沢菜漬け風
・松茸の味お吸物

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しいたけをたくさん頂いたので、五目寿司は干し椎茸ではなく生しいたけで。
椎茸、ごぼう、にんじん、いんげん、油揚げの五目。









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ところで、アゴタ・クリストフの「昨日」を読んだ。
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Amazonより
村の娼婦だった母の子として生まれたトビアス。ある事件を契機に名前を変え、戦争孤児を装って国境を越えた彼は、異邦にて工場労働者となる。灰色の作業着を身につけ、来る日も来る日も単調な作業に明け暮れるトビアスのみじめな人生に残された最後の希望は、彼の夢想のなかにだけ存在する女リーヌと出会うこと…。傑作『悪童日記』三部作の著者が、みずからの亡命体験をもとに幻想と不条理を交えて綴る不可能な愛の物語。



アゴタ・クリストフの「悪童日記」に始まる三部作の続編のような捉え方もしてあるが
内容は全く別のもの。とはいえ、作者本人の亡命体験が色濃く描かれていてまったく無縁ではない作品。
本作品の後半に書かれた「来日記念講演会より」の記述を見ると亡命体験を「砂漠の日々」と表される。
異国の地に亡命し、まったく言葉がわからないまま早朝に起き赤ん坊にミルクを与えバスに乗り工場へ行き
子供を託児所に預け労働し、帰宅し家事をし子供の世話をし就寝する毎日のくり帰り。
社会的砂漠、文化的砂漠。

(本文より)
「私は歩いていた。他の歩行者に出会った。彼らは皆、同じ方向に歩いていた。彼らは軽々としていて、重さがないかのようだった。
彼らの足は根無しで、けっして傷つくことがないのだった。そこにあったのは、自分の家を離れ、自分の国を離れた者たちの道だった。
その道はどこへも通じていなかった。終わりのない幅広の直線道路だった。その道は山々や町々を横切り、庭やタワーを突っ切っていたが。
後ろにどんな跡形も残していなかった。人が後ろを振り向くと、それは消えてしまっていた。
道は前方正面にだけ、真っ直ぐに伸びていた。両側には、泥の平原が果てしなく広がっていた。」

言葉もわからない国に亡命し、戻るところも行くべきところもわからず、ただ労働の日々。
後にも前にも道はなくただ現在があるのみ。砂漠の中にポツンと取り残されているような不安と圧倒的な孤独。

そしてこの作者はこんな状況の中で(その地の)文盲から、その国の言葉で本を書くまでに至る。生きるために。
私はかつてこれほど全力で生きようとしたことがない。







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by oisiibento | 2017-02-01 09:25 | ふつう弁 | Comments(0)
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